定時制高校の思い出 その2 「勉強はしなかった」
2021/08/30
さて定時制高校へ進学してから、楽しんで通っていた私ですが、勉強の方はどんな感じだったのでしょうか。
定時制高校では、勉強はそこまで難しいことはしません。
どうしても進むペースはゆっくりで、どの科目も簡単なことしかしませんでした。
色んな事情を持った人が集まる都合上、仕方のないことです。
そのため、大学に進学したい生徒には、学校の先生がわざわざ時間を確保して、授業時間外で指導してくれていました。
本当にありがたい話です。
私もその中に混じって、英語などをよく見てもらっていたのですが、私の参加する態度はどこか不真面目でした。
本気で取り組まないだけではなく、時にはわざと間違えたり、周りを茶化したり。
随分と幼い態度でした(恥ずかしい…)。
そんな態度をとる理由は明らかで、勉強の出来ない自分、カッコ悪い自分を正面から受け止めるのがイヤだったのでしょう。
不登校になり、中学校の半ば勉強をせずに過ごし、定時制に入ってからも自習をするでもなく…。
「単純に学力の面で言えば、落ちこぼれじゃないか…。」
勉強に向かう時、私の自尊心はボロボロだったのでしょうね。
そういった「格好悪い自分」とどのように付き合うのか、選択肢はそれほど多くありません。
「出来ない自分」を直視した上で、泥にまみれながらでも前進していく人がいるはずです。
一方で、「まあ、自分はこんなもんだ。」とほどほどで妥協する、あるいはすっぱり諦める人もいるでしょう。
さて当時の私ですが…。
とても宙ぶらりんで、なんとも言いづらい状態でした。
自分を必要以上に卑下して見せる一方で、内心では「自分はこんなものじゃない」と鬱屈しているんです。
「まだ本気を出していないだけだから…、やればできるんだから…」
じゃあやれよ、という話です。
そのくせ外面では道化を演じているんです。
必要以上に出来ないアピールをしたり、無気力な振りをしたり。
興味や野心のない振りをしている。
もう本当にしょうもない‼(恥ずかしい‼)
自分はダメな奴だと吹聴しながら、心の中では「まだ本気出してないだけだし…」としっかり予防線を張っている。
失敗してしまうことが何よりイヤだし、実際に手を付けて、出来ない自分を見るのも怖くて仕方ない。
本当になりたい理想像を隠したまま、ずっと燻っているわけです。
そのくせ、こっそり隠れて頑張ることも決してないわけです。
結果として、成果は得られないし、いつまでも燻ったままです。
謙遜した振りをして、実はもっと褒めろとねだっているんです。
自己評価をわざと低くアピールしてるくせに、実際その通りに扱われるとへこむんです。
いやぁ…、厳しい。
でも15歳くらいから18歳くらいまでの私の「勉強」に対する姿勢の正直な姿だと思います。
そんな学生が、さて高校卒業と大学受験の段階になってどうなるのか、次回(次々回かも)書くと思います…。