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私自身の不登校の記憶・その8 定時制高校の思い出

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私自身の不登校の記憶・その8 定時制高校の思い出

私自身の不登校の記憶・その8 定時制高校の思い出

2024/08/30

私は中学校を不登校のまま卒業して、愛媛県の公立の定時制高校に入学しました。
ちょうど2000年くらいのことです。


定時制高校に進学することになったものの、私自身は定時制高校について、それまでほとんど知りませんでした。
山田洋二監督の『学校』という映画を鑑賞したことがあって、定時制中学校が舞台でした。
定時制高校だから、あの映画の高校バージョンのような学校生活なのだろうか、と何となく考えていたくらいです。



定時制高校では、主に夕方以降の夜間に授業があります。
一日当たりの授業時間は全日制普通科の高校に較べてかなり少ないです。
ですから三年間ではなく、四年間で卒業となる場合も多いです。



元々は、様々な事情から昼間は働いている人が、仕事が終わってから夜間に学ぶための学校として認知されていたようです。
他にも、若いころは高校に通う余裕のなかった人が、大人になってから通うことも多かったそうです。
昭和の時代などは、中学校で不登校になった生徒の進学先として、どれくらい利用されていたのでしょう?


今でも定時制や多部制の高校は、中学校に行けなかった人の選択肢にもなっています。
この10年ごろは、私立の通信制高校が急速に数を増やして生徒数も増やしていますが、まだまだ定時制を選択する若者は多いですね。



私が定時制高校に入学した2000年くらいの時期は、同級生や先輩には色んな人がいました。

メンバーの構成割合としては…、(うろ覚えですが)
・なんか理由あって不登校だったのかな、という大人しい人。

・ちょいとヤンチャしていたのかな、という元気な人。

・家庭や仕事を持っている大人の人。
で三等分といった感じだったのかな?



私服でしたし、髪色もバラバラ。
バイクで通学したり、トイレでタバコ吸ってる人もいて(途中から喫煙は禁止になったけど)、なかなか面白いとこに来ちゃったな、というのが第一印象。

ひとクラスの人数も20人くらいだし、色々と緩くて適当な感じでした。




それまでの私にとって、全日制高校に行けなくた定時制に通う人たちは、自分も含めて「落ちこぼれ」なのではないのか、という気持ちがどこかにありました。
しかし実際に定時制高校で色んな人に接していると、そういった考えはなくなりました。



みんな頑張って仕事や生活をしているし、学校でも時に楽しそうに遊んだり、困っている同級生にちゃんと気配りをしたり。
これならこれでいいじゃないか、と思えたのです。



何より多くの人が私にはない魅力を、それぞれ持っているように感じました。

「生活する」「人と関わる」「きちんと収入を得る」「主張する」「みんなで楽しむ」

定時制高校の同級生の多くは、そうした社会で生きていく底力を持ち合わせている生徒が多く、すごいなあ、と感じたのです。



ある時、ヤンチャ系の男子(昔で言うヤンキーっぽい)が、気の弱そうな男子の胸倉を掴んで怒鳴り上げ、一触即発、という場面がありました。

突然で、原因も分からなかったので、私は咄嗟に何もすることができず「なんや?」と呟くことしかできません。

そんな時、普段はのんびりしていて目立たないクラスメイトが、「おい、やめな」と言って、スッとヤンチャ系男子の身体を抱えて、気弱な男子から引きはがしました。

興奮している相手に有無を言わさないその毅然とした態度や、咄嗟に身体が動く判断の速さがすごく印象的で、そして同じことができない自分がひどく情けなくて、恥ずかしかったのを覚えています。



このように、勉強ができるとか運動ができるとか、そういったこと以外で、「いいな」と感じる部分を持っている人が、たくさんいたのです。



今でも連絡を取り合ってくれる友人たちも出来ました。
年齢の違う、いろんな人と会話が出来て、友人も出来て、
今でも定時制高校に入って本当に良かったと思っています。




さて、そのように「良い学校だな」と感じる定時制高校でしたが、しかしそこに通いながらも、私自身には大きな弱点があり、それを改善することができませんでした。

現実の自分自身を受け入れることができず、かといって目標を見つけてコツコツ頑張ることもしなかったのです。




定時制高校では、勉強はそこまで難しいことはしません。
進むペースはゆっくりで、どの科目も基礎的なことしか習いません。
色んな事情を持った人が集まる都合上、仕方のないことです。


そのため、大学に進学したい生徒には、学校の先生がわざわざ時間を確保して、授業時間外で指導してくれていました。
本当にありがたい話です。


私もその中に混じって、英語などをよく見てもらっていたのですが、私の参加する態度はどこか不真面目でした。
本気で取り組まないだけではなく、時にはわざと間違えたり、周りを茶化したり。

随分と幼い態度でした(恥ずかしい…)。



そんな態度をとる理由は明らかで、勉強の出来ない自分、カッコ悪い自分を正面から受け止めるのがイヤだったからです。
不登校になり、中学校の半ば勉強をせずに過ごし、定時制に入ってからも自習をするでもなく…。

「単純に学力の面で言えば、落ちこぼれじゃないか…。」

勉強に向きあう時、私の自尊心はボロボロだったのでしょうね。



そういった「認められない自分」へどのように付き合うのか、選択肢はそれほど多くありません。


「出来ない自分」を直視した上で、泥にまみれながらでも前進していく人がいるはずです。
一方で、「まあ、自分はこんなもんだ。」とほどほどで妥協する、あるいはすっぱり諦める人もいるでしょう。

定時制に通っていながら、周りの人は勉強や進学に関して、上手く向き合えているように見えました。
頑張る人は頑張っているし、ほどほどに学んでいる人もいます。
自分にできる範囲で学習を進めていき、そうした自分をきちんと引き受けている人がほとんどでしたね。



さて当時の私ですが…。
何もかもが宙ぶらりんで投げやりで、なんとも不細工な状態でした。


自分を必要以上に卑下して見せる一方で、内心では「自分はこんなものじゃない」と鬱屈しているんです。

「おれは本当にダメな奴だ。でもまだ本気を出していないだけだから…、やればできるんだから…」

じゃあやれよ、という話です。



外面では道化を演じているんです。
必要以上に出来ないアピールをしたり、無気力な振りをしたり。
興味や野心のない振りをしている。

もう本当にしょうもない‼(恥ずかしい‼)

「自分はダメな奴なんだ」と吹聴しながら、心の中では「まだ本気出してないだけだし…」としっかり予防線を張っている。
失敗してしまうことが何よりイヤだし、実際に手を付けて、出来ない自分を見るのも怖くて仕方ない。


本当になりたい理想像を隠したまま、ずっと燻っているわけです。
そのくせ、こっそり隠れて頑張ることも決してないわけです。
結果として、成果は得られないし、いつまでも燻ったままです。



謙遜した振りをして、実はもっと褒めろとねだっているんです。
自己評価をわざと低くアピールしてるくせに、実際その通りに扱われるとへこむんです。



いやぁ…、厳しい。

自分でもその情けなさは、十分理解していたとは思うのですが…。

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