株式会社パーソナルアカデミー

私自身の不登校の記憶・その11 大学受験浪人生活 

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私自身の不登校の記憶・その11 大学受験浪人生活 

私自身の不登校の記憶・その11 大学受験浪人生活 

2024/10/14

前回は、定時制高校を卒業後、両親に頼み込んで一年間大学受験浪人をさせてもらうところまでを書きました。


結論から言えば、大手予備校で1年間勉強して私の成績は伸びました。
そして周囲が当初考えていたよりも高いランクの大学に合格することができました。
しかし今の私には、その時期の過ごし方が、その後の大学での『失敗』に繋がっているように思えてなりません。

大きな反省点は、ふたつ。
常に受け身で、一人ぼっちでいることに慣れてしまったこと。
そして自分の将来を投げやりに決めてしまったこと。



私は、当時の一般的な浪人生と同じく、予備校の校舎に通い、朝から夕方まで勉強していましたが、そこでは他人とのコミュニケーションが全くありませんでした。
朝に予備校の校舎へ行き、映像授業を夕方まで見て、自習をして帰宅するその間、へたをすればずっと、誰とも話さないような生活になっていました。

人と接点がないのが寂しいけれど、周りと関わるのが怖い。
だからできるだけ気配を消して、周りを寄せ付けない態度をとってしまう。

外出しているし、勉強もしているけれど、メンタル的には「引きこもり」のようなものに近いのです。
自分の中にギュッと縮こまっているのですね。
つらいことも楽しいことも誰かと共有することはなく、気持ちは内へ内へと向かって行きます。
自分の将来に思いを巡らせても一向に結論が出ないままで、思考はいつも同じところを堂々巡りです。



大学受験に関らず、受験生というのは、自分の空間に籠って黙々と勉強していれば、誰からも文句は言われない立場であり、むしろそうした時間をどれだけ確保できるかが大切になってきます。
いつの時代も、受験浪人生たちは、多かれ少なかれ孤独なものかもしれません。
大学に進学することだけを目標にするのなら、それで何も問題はないのでしょう。
受験勉強自体は本来独りで淡々とこなすものですし、人との関りが少なくなって寂しくてても、頑張るしかないのでしょうね。



私は結局、一年間予備校に通いながらも、そこで一人の友人もできませんでした。
予備校のスタッフや先生とも、業務上のやり取り以外はほとんど会話がありませんでした。

それは、私にとっては中学生時代の不登校の頃に戻ったような感覚でした。
孤独な状況の中で生活していても、居心地は必ずしも悪くはなく、すでに慣れ親しんだ状態に戻っただけなのです。
勉強に支障はないし、寂しさを感じることはあっても耐えられないほどではありませんでした。



独りのほうが楽なのかもしれない。
あえて自分からアクションを起こさなくても、与えられた課題をクリアしていけば、何とかなる。
そうした癖がついてしまいました。



もうひとつの失敗が、大学選びをとてもいい加減に決めてしまったことです。


正直なところ、当時の私は志望校を選択する際に、「偏差値の高い大学」「有名な大学」という基準しか持っていませんでした。
学部も専攻も「どうでもいい」という態度でした。

大学進学という希望は持ってはいたものの、それは「行かなきゃカッコ悪いよな」くらいの意識です。そうした見栄っ張りな側面が強い一方で、大学で何か学びたいことがあるわけでもないし、将来への青写真があるわけでもありません。


また、大学ってこういった場所だよな、といったイメージも情報もないので、楽しそうな大学生活を思い描くことができません。
バイトとかサークルとか、友だちと遊んだり恋愛したりといったことを、イメージできませんでした。


大学には何も期待していないのです。
大学生になること自体が目的になっています。

だから大学に期待することは、ある程度自尊心を満足させることが出来て、世間に対してもそれなりに押し出しが効くであろうネームバリューがあることだけでした。

情報を調べたり、オープンキャンパスに参加するといったことを何も知りませんでした。
誰かに相談することもなく、自分の気持ちにしっかり向き合うこともしませんでした。


大切な選択をする時期に、自分の将来に投げやりな態度をとってしまったのです。
本当に情けない話で、とても後悔しています…。


そんな動機で進路を選択した私が、大学入学後にどうなったかを次回以降に書きたいと思います。

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