不登校の子を支えるお母さんが、先に壊れてしまわないために
2026/09/20
不登校の子を支えるお母さんが、先に壊れてしまわないために
不登校のトンネルを抜ける13のヒントから
弊社のブログにお越しいただき、ありがとうございます。
不登校のトンネルを抜けるための十三のヒント、その二つ目のテーマとして、今日は「お母さん自身のこと」を、一緒に考えていきたいと思います。
気づけば、お母さんの方が限界に近かった
お子さんが学校に行けなくなってから、どれくらいの時間が経ったでしょうか。
一週間でしょうか。三か月でしょうか。
もう一年を超えていらっしゃるでしょうか。
朝、目覚まし時計が鳴るずっと前から、お母さんはもう目を覚ましていらっしゃるのではないかと思います。
「今日こそは起きてくるかもしれない」という細く頼りない期待と、「今日もまた、あの固く閉ざされたドアの前に立たなければならない」という重苦しさが、胸の中でせめぎ合っているのです。
誰が食べるかもわからないお弁当箱にご飯を詰めながら、耳だけは二階の小さな物音を探っている。
そんな朝を、何度も繰り返してこられたと思います。
そこにご主人から、無造作な一言が飛んでくることもあります。
反論する気力すら湧かず、うつむいて見送るしかない朝もあるでしょう。
ドアが閉まった瞬間、大きなため息がこぼれ、立っていられないほど力が抜けていく。そんな経験をされた方も、少なくないはずです。
学校への欠席連絡も、胃がキリキリと痛む仕事です。
先生の気遣いの言葉さえ、心が削られているときには、育て方を責められているように聞こえることがあります。
それでも、お母さんは仕事に向かわれます。
職場では明るい顔を作り、周りが子どもの話で盛り上がる声を聞きながら、頭の片隅には、昼間ひとり布団を被っているお子さんの姿が貼りついて離れません。
夕方、重い足取りで帰宅しても、家の中は朝と何も変わっていない。
お子さんは朝と同じ姿で、黙々とゲーム画面を見つめている。「お帰り」の言葉はなく、電子音だけが響く空間で、その丸まった背中を見つめながら、行き場のない怒りと悲しみが渦巻くこともあると思います。
そこに、下のお子さんが無邪気に駆け寄ってきて、心に余裕のないお母さんが強い口調で突き放してしまう。
その後の寂しそうな顔を見て、自己嫌悪に陥る。
不登校のお子さんへの心配だけでなく、きょうだいへの罪悪感も、お母さんの肩に重くのしかかっています。
お母さんは、家族の中で唯一、全員の状態が見えてしまう場所に立っています。
子どもの顔色、お父さんの機嫌、きょうだいの寂しさ、学校からの連絡、職場での気遣い。
誰よりも神経をすり減らす場所にいるのに、「お子さんは大丈夫ですか」と聞かれることはあっても、「お母さん、あなたは眠れていますか」と聞いてくれる人は、ほとんどいないのです。
複数のご相談をもとに再構成した話ですが、あるお母さんはこうおっしゃいました。
「先生、最近、夕方になると涙が止まらないんです。理由はないんです。ただ、台所に立っていると、ふっと出てくるんです」
眠りが浅くなっていること、食欲が落ちていること、最後に声を出して笑ったのがいつだったか思い出せないこと。それらを伺いながら、私は、お母さんの方が相当ぎりぎりに来ていらっしゃるのだと感じました。
不登校は、お子さんの問題のように見えて、実は家族全体の問題として現れます。
そして、その真ん中で、一番長く、深く、状況を引き受け続けているのが、お母さんなのです。
お母さんの中にある、もうひとつの声
お子さんが不登校になられてから、お母さんの頭の中は、おそらくこういう声でいっぱいなのではないかと思います。
「明日は行けるかな」「私の関わり方が間違っていたのかな」「もっと早く気づいてあげられていたら」
これらの声は、お子さんを深く愛していらっしゃる証拠です。
本当に、愛していらっしゃるからこそ、自問自答が鳴り止まないのです。
ただ、長くこの仕事をしてきて確信しているのは、お母さんの中には、もうひとつ、ほとんど誰にも聞かれていない声があるということです。
「本当は、私だって逃げ出したい」
「誰かに、この苦しみを黙って聞いてほしい」
「もうこれ以上、頑張れない」
この声を口にすることは、母親失格の烙印を押されるような気がして、たいてい必死に押し殺していらっしゃいます。
しかし、この押し殺した声こそが、お母さんが壊れてしまわないための、大切なサインなのです。
人は、ご自分のしんどさを「しんどい」と認められたときに、ようやく回復の入り口に立てます。
逆に、ご自分の声を無視して無理を続けると、ある日、本当に心と体が動かなくなってしまう。
お母さんが先に倒れてしまわれたことで、お子さんの回復が大きく遅れてしまったご家庭を、私は何度も見てきました。
お母さんがご自分を守ることは、わがままではなく、お子さんの回復のための土台づくりそのものなのです。
子どもの態度の奥にあるもの
不登校のお子さんは、部屋に閉じこもってゲームばかりしているように見えるかもしれません。
しかし、実のところ、お母さんが想像する以上に、家の中の空気を敏感に感じ取っています。
リビングでつく深いため息、階段を上り下りする足音の重さ、食事を作るときの背中の空気。
そうしたものを、レーダーのように感知しているのです。
そして、「お母さんをこんなに苦しませているのは、自分のせいだ」と、心の奥底で自分を責めていることがあります。
時にはきつい言葉を吐いたり、口を閉ざしてしまったりすることもあるでしょう。その理不尽な態度に、腹が立ったり虚しくなったりして当然です。
ただ、そのトゲのある言葉や態度の奥には、「こんな自分でも、お母さんは見捨てないでいてくれるだろうか」という不安や、「自分でも自分の感情をどうしていいか分からない」という声にならない恐怖が隠れていることがあります。
言葉や見える行動だけを見て判断してしまうと、その奥にある寂しさや願いを、見落としてしまうかもしれません。
ただし、だからといって、どのような言葉も態度も我慢しなければならないというわけではありません。
お母さんにも、傷つく心と、守られるべき日々の生活があります。落ち着いて受け止められないと感じたときは、「今はお母さんも苦しくなっているから、少し離れるね」とだけ伝えて、その場から少し距離を取っていただいて構いません。
すぐに正しい言葉を返せなくても、子どもの気持ちを一度ですべて理解できなくても、仕方がないことです。
お母さんの心のコップがすり減って空っぽの状態では、その繊細な想いを受け止める余裕は生まれません。
お母さんが少し息を整え、心に隙間があるときの方が、お子さんのちょっとした表情の変化が、自然とすっと入ってくるものです。
ということは、お母さんが休むことと、お子さんを理解することは、ひとつながりの話なのです。
ご主人との温度差も、お母さんの心を削っていく原因になります。
すぐに「解決策」を求めて極端な意見を出されると、お母さんが求めているのはただ寄り添ってほしいだけなのに、というすれ違いが起きます。
このままでは、お母さんの心が先に壊れてしまうのも仕方がないことです。まずは、この孤立無援の構造を、少しだけ崩していく必要があります。
今日から、ひとつだけ降ろしてみる
とはいえ、「休みましょう」と言われても、現実にはそんなに簡単に休めないというのが、本当のところだと思います。
お父さんとの関係、下のお子さんのこと、お仕事の責任、学校とのやりとり。
これらが全部、お母さんの肩の上に乗っているのです。一気に降ろせと言われても、降ろせるわけがありません。
そこで、「全部降ろす」のではなく、「ひとつだけ降ろす」という考え方をお伝えしたいと思います。
紙でもスマートフォンのメモでも構いません。
今抱えていらっしゃる家事や役割を、思いつくまま書き出してみてください。
その中で、これは今週手放しても誰も困らない、というものを一つだけ選んでみるのです。
毎朝の欠席連絡、夕飯作り、ご主人への状況説明といった役割の中から、今週だけ手放せそうなものを一つ選び、実際に降ろしてみる。
たとえば、毎朝の欠席連絡が負担なら、週に一度のメール連絡に変えてもらうよう先生にお願いしてみる。
夕飯を毎日手作りすることが苦しいなら、お惣菜に頼る日をご自身に許可してあげる。ご主人への説明で口論になるなら、今夜は報告をやめてみる。
たった一つでいいのです。それだけで、ピンと張り詰めていた心の糸が、少し緩みます。
「子どもが苦しんでいるのに、私だけが息抜きをしていいのだろうか」と、罪悪感を抱かれる方も多いと思います。
罪悪感を持たれるということは、それだけお子さんのことを一番に考えて生きてこられたという、愛の証拠でもあります。
ただ、お母さんが穏やかな表情で温かいお茶を飲んでいるというだけで、お子さんは「自分はここにいてもいいんだ」という安心感を取り戻していきます。
お母さんがご自身を大切に扱う姿は、お子さんにとって「自分も自分を大切にしていいんだ」という、無言のメッセージになるのです。
そしてもうひとつ、お願いしたいことがあります。
お母さんのしんどさを、ご家庭以外の第三者に、話してみていただきたいのです。
ご主人に話せれば一番いいのですが、お互いに余裕がない今は、難しいこともあるでしょう。
家庭の中だけで、お母さんのお力だけで解決しようとすると、心がただすり減っていくだけになりかねません。
そんなときは、専門家という第三者の存在を頼ることが必要になります。
家庭という密室に新しい風が入ることで、ガチガチに絡み合っていた糸が、ふっと解けることが多々あります。
誰かの力を借りることは、育児を投げ出すことでは決してありません。
むしろ、お子さんを救うための、前向きな一歩なのです。
なお、眠れない日や食べられない日が続いていること、理由もなく涙が出ること、朝起き上がることさえつらく感じられること。
こうした状態がしばらく続くようでしたら、それは気力だけで乗り越えるべき段階を、すでに超えているのかもしれません。
そのようなときは、我慢を重ねるのではなく、医療機関に相談することも、どうか選択肢に入れておいてください。
お子さんは、お母さんが思っていらっしゃる以上に、お母さんのことをよく見ています。
お母さんが少し肩の力を抜かれた日は、お子さんもどこかでほっとしているものです。
お母さんが久しぶりに笑った日に、お子さんが少しだけ部屋から出てきた、というお話を、これまで何度も伺ってきました。
どうか、お母さんご自身を、今日から少しだけ大事にしてあげてください。
もし今、誰にも話せない苦しみを抱えていらっしゃるのでしたら、一人で悩まないでください。
次回は、多くのお母さんが経験する、「一日中ゲームをしているお子さんを、止めるべきか、見守るべきか」ということについて、お話ししたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
どうぞ今日も良い一日でありますように、お祈りしております。
